【お父さんの膵臓癌の闘病日記】

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尊敬していたお父さんは9月4日に亡くなりました。昨日はお父さんの初・七日の日でした。

お母さんに頼まれて、六つの団子を作りました。

高崎市で糯米粉を見たことはありませんでした。でももともと私が台湾の『湯圓』が好きだから、台湾のお母さんに台湾から送ってもらいました。

お父さんの通夜、葬式の祭壇の前に私が作った団子を置きました。昨日また心を込めて綺麗な団子をお父さんに作ってあげました。

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台湾の糯米粉

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書いてあるレシピを参考して作りました。

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心を込めて、綺麗に団子を丸めました。

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お母さんは6個団子を作ってほしいって言ったけれども、6個だけで作るのは難しいから、24個作りました。

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1500ccの水を鍋に入れ、沸いたら、団子と砂糖大さじ3を入れて、煮ます。

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日本の家族は台湾の糯米粉で作った団子を食べたことはありませんけど、これを食べたら、みんな『美味しかったです。』と、言っていました。

お父さんが亡くなっても私の手料理を食べます。嬉しいけれど、悲しいです。

とても複雑な気持ちです。

昨日旦那さんと一緒に映画の『神様のカルテ』を見たら、お父さんの笑顔を思い出しました。涙がぽろぽろと止まらずに流れてきました。

お父さんの事を思います。

映画『神様のカルテ』予告編


旦那さんはこの映画を見たら、主人公の宮崎さんは私に似ている。って言いました。それに、これからはもっと私に優しくしてくれるそうです。感動しました。

本当に傍にいる親友を大切にしてあげてください。

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関連タグ : お父さん, 膵臓癌, 闘病日記, 初・七日, 神様のカルテ,

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お父さんの通夜(9月5日)、葬儀、告別式(9月6日)が無事に終わりました。

沢山泣きました。。そんなに優しいお父さんがもう骨になったとは今でも信じられません。

お母さん、弟さん、叔父さん、叔母さんをはじめ、親戚はみんな悲しかったです。

この一年半の間に、私がお父さんへ贈ったカードを全部一緒に焼きました。いつまでもお父さんと一緒にいられますから。

お父さんの通夜、葬儀、告別式の祭壇の前に、私が作った団子とご飯を置きました。お父さんは生きていた時に、私の料理が大好きでした。亡くなってもこれで私の手料理を食べられます。考える度に、悲しくて泣きたくなります。

最近お母さんと一緒にお父さんの遺品を処理しているところです。お母さんは目がよくないから、私が手続きなどを手伝ってあげました。お母さんも私に感謝の気持ちを伝えました。

外国人の私は日本の葬式をよく分かりませんでした。旦那さんとお母さんの傍に立って見様見真似で頑張りました。ちゃんと正座していましたから、腰と足がすごく痛いです。

でもこのような痛さはお父さんの痛さと比べると、本当に大したことではなかったと思いました。

偉すぎたお父さんを一生忘れません。

親戚は皆私の手を繋いで、『瑠沙ちゃん、お父さんの面倒を見てもらって、有難うございました。』と言いました。

本当にこちらこそ、お世話になりました。できる限り、お父さんの傍にいたかったです。

励ましてくれた日本の友達、台湾の友達、有難うございました。私は悲しかったけれども、お父さんの影響で心が強く成長しました。これからも心にお父さんがいるので、今まで以上に日本の生活を頑張ります。


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多桑的通夜(9/5),火化和告別式(9/6)已平安無事結束了。

哭了很多次,還是不願相信那麼好的人已經化為白骨...

婆婆,弟媳,叔叔,阿姨.....所有親戚都好不捨。。

婆婆把我這1年半以來寫給公公的所有卡片一起和公公火化,永遠陪著公公。

公公通夜,告別式的靈堂前也是放著我親手做的湯圓和白飯。生前公公愛吃我的料理,走後依然是吃著我做的料理,現在每天早上祭拜公公的也是我煮的早餐(飯)。

後續還要陪婆婆,老公處理公公的後事,所以廣大讀者的關心留言還沒辦法回覆,先跟大家說聲抱歉。等平靜一些一定好好感謝大家。

我很好,也很認真學習日本家人跪在親友面前答禮。雖然現在腰痛的挺不直,腳也很痠,但是我還是盡力做到最完美。

婆婆,老公,公公,婆婆的所有兄弟姊妹,全部拉著我的手說,【謝謝妳,瑠沙醬,那麼照顧多桑。】

我真的沒做什麼,只是想多讓公公最後身心不要痛苦而已。

等一下還要到多桑的醫院謝謝醫護人員的照顧。

先寫到這裡,不管是認識還是不認識的朋友,我都謝謝你們。謝謝!

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お父さんは今年最後に見た雪でした。私が撮ったのです。

親愛なるお父さんは平成23年9月4日朝8時55分に亡くなりました。

土曜日からお父さんの具合が悪くなりましたので、お母さんがすぐみんなに知らせて、家族がすぐ病院に行きました。

みんなお父さんの周りに立って、ずっとお父さんの傍にいろいろ話してあげました。

私はお父さんの手をしっかり繋ぎ、お父さんも私の手をしっかり握っていました。

【お父さん、私はお父さんが大好きな瑠沙ですよ、知っていますか?心配しないでください、安心してくださいね。】

【お父さん、有難うございます。この一年半本当に私を自分の娘としてすごく優しくしてくれて、感謝します!】

【お父さん、来世またお父さんのお嫁さんになりますね。】

【お父さん、お母さんの事を心配しないでください、歩夢と私がいますから。】

【お父さん、尊敬しますよ。お父さんは偉すぎました・・】

【お父さん・・・】

お父さんは病気になって以来、一回も泣いたことがありません。でも私がこういう話をお父さんに話したら、お父さんは涙が流れてきました。何回もお父さんの涙を拭いてあげました。お父さんがもう話せませんでしたけど、何か言いたかった気がしました。

先週お父さんはまだ話せたときに、私は【お父さん、いろいろ有難うございますね。】、と言いました。

お父さんは【いいえ、何もできなくて、申し訳ないです。】、と私に言いました。

お父さんが本当に申し訳ないと言わなくてもいいです。お父さんからいろいろいい思い出を貰いましたから、私こそ有難かったです。

目が悪いお母さんがお父さんに話すたびに、涙が何回も出てきました。

180センチある2人の息子もお父さんの傍に立って、涙がぽろぽろと出てきました。周りの親友がみんな見たら、もう我慢できず、泣いてしまいました。

心が痛すぎました。

土曜日の夜、みんな病院でずっとお父さんの傍にいて、見守っていました。この間に、お父さんが何回も危篤状態になりましたけど、強いお父さんは負けずに、生きていました。何回も何か言いたかったけれども、もう言えなくなりました。

お母さんは【苦しい?分かったよ。心配しないでね、みんな幸せだよ。お父さんがいるときも幸せだったよ。】・・・

お父さんは目を見開いて、みんなを見まわしていました。私たちを離れたくなかったかなあ。。もっと生きていきたかったかなあ・・・

8時55分、お父さんは急いでいた呼吸が止まってしまいました。弟さんは【お父さん!お父さん!】、と大声で叫びました。

看護婦を呼んできて、お父さんの状況を見てもらいました。

【もう最期です・・】と言いました。

みんなお父さんの周りに立って、守ってあげました。お父さんが親愛なる家族を離れて逝きました。

医師、看護婦もお父さんの姿を最期まで見守っていました。有難うございました。

【本当に偉い病人でした。】と医師に言われました。

お父さんを連れて家に帰りました。今寝ているように静かに横になっています。

綺麗な顔でした。お父様!

今日はお父さんの通夜で、明日は告別式です。

二週間前に愛犬のケースケが亡くなり、今親愛なるお父さんが亡くなりました。悲しい限りです。ケースケもきっと天国でお父さんを待っているでしょうか。

私は長男のお嫁さんですし、外国人ですので、いろいろ日本の葬式が分かりませんでした。でもみんなの見様見真似で習います。家族と一緒に正座して、親友にお礼をします。強くならないといけません。

旦那さんの歩夢さんこそ辛いです。去年私たちの結婚式の挨拶を練習して、今私の傍に葬式の挨拶を練習しています。悲しいですね。

平成23年9月4日朝8時55分にお父様が63歳で往生しました。若すぎました!

いい思い出がいつまでも私の心に残っています。一生忘れられません。

お父さん、さようなら!本当に有難うございました。お疲れ様でした。天国でゆっくり休んでください。私たちを見守ってください。

いろいろコメント(FC2も、twitterも)ありがとうございます。心が温かいです。少し落ち着いたら、また返信いたします。申し訳ございません。

お父さんに線香をあげました。

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優しかったお父さんがもう亡くなりました。どうして私たちから離れましたか?

親愛的多桑於平成23年9月4日早上9:00往生。

昨天早上多桑開始不太認得人,婆婆緊張地趕緊打電話叫我們前往守候,並且通知親戚。

大家都來了,並且一直對多桑說話...

當我每次牽著多桑的手對他說話時,多桑一定是緊緊地握著我的手。

我好幾次在多桑身邊對他說...

【多桑,我是您最疼的瑠沙喔,您知道嗎?您不要擔心,請放心喔。】

【多桑,謝謝您1年半以來對我那麼好,張開手臂歡迎我來,而且真心把我當自己女兒看待!】

【多桑,下輩子再當您媳婦喔!】

【多桑,別擔心婆婆,因為有歩夢和我。。】

【多桑,我很尊敬您,因為您太偉大了..】

【多桑.......】

生病以來從不曾掉一滴淚的公公,今天在我面前眼眶竟充滿淚水,我擦去公公的眼淚,我知道多桑您想跟我說什麼。。

上個禮拜當我握著您的手說【多桑,謝謝您對我那麼好...】

多桑卻說【沒有,妳來日本,都沒有給妳什麼,還給妳添麻煩。。】

真的不麻煩呀,真希望您多活20年,我想讓您看看在日本努力生活著的我的未來呀!

眼睛不好的婆婆也是一邊和公公說話眼淚一直掉不停。

誰說男兒有淚不輕彈?會掉淚的男人是很富有感情的。看著2位180公分高的大男孩站在自己父親身邊握著爸爸的手,眼眶是紅的,不敢哭出聲,卻是一直擦鼻涕..看的人都覺得心痛。

昨晚不敢回家,和婆婆,老公,叔叔嬸嬸待在醫院守候。之間好幾次出現病危,堅強的公公都是勇敢的撐下來,卻是敵不過病痛,沒辦法說任何話的公公,卻是似乎一直開口想交代很多事...

婆婆說..我們都知道您很痛苦,大家都在身邊,大家都好幸福喔..您不要擔心。

昨天的公公認不得人,今天的公公眼睛卻張得好大,一直看我們,一直捨不得離開我們的表情。

8點55分左右,我看見多桑不動了...急促的呼吸聲音停止了。弟弟大叫【多桑.......】

趕緊叫護士前來,護士摸摸多桑的脈搏說【是最後的時期了..】

大家緊緊握著公公,在最親愛又最放心不下的家人陪伴之下離開我們了。

主治醫生,每位護士全都前來向偉大的多桑致意。大家都說多桑眞的是好勇敢的病人。

帶著多桑回家,多桑的臉像睡著一般,安安靜靜地躺著。

為多桑上香好多次,今天也有很多人前來看多桑。

明天,是多桑的通夜,後天早上火葬,下午1點舉行告別式。

我是長媳,又是外國人。我不懂的得一邊看著大家的動作一邊跟著做。跟著家人跪在前來親友的面前跟大家行禮。我只能盡心盡力做自己可以做的事。

辛苦的是老公,去年3月前,為我倆的婚禮猛背結婚致詞稿,今年的他現在卻是正在我身邊練習多桑喪事的致詞稿。邊唸又邊哭..

平成23年(西元2011年)9月4日早上8點55分,63歲年輕的多桑離開了敬愛他的每位親友。

謝謝大家的留言,但是現在可能還無法回覆,等事情平靜下來再回覆大家。

真的謝謝大家的關心,我會很堅強的。

再為摯愛的多桑上一柱香。


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ケースケ、お父さんの面倒をお願い致しますね。

ケースケ,要好好照顧多桑喔!

(この一年半の間に、私がお父さんとケースケの写真をたくさん撮りました。これは私と家族が一生の思い出になりました。)

(這1年半以來,幫多桑和ケースケ照了很多相片,成為我和家人這一生永遠難忘的回憶。)


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尊敬しているお父さんが9月4日朝9時に亡くなりました・・悲しい限りです。。
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この写真は6月末に撮ったのです。お父さんはジャガイモを全部掘って、そして綺麗に洗いました。その日はすごく暑くてしょうがなかったです。昔のお父さんは暑くても元気に畑で仕事できたけど、今は膵臓癌のために、力を一気になくなったから、午後家に入ったら、暑くて、疲れたな。と言いました。

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畑をする男の人はいい男だと皆に言われます。これを私も信じています。家のお父さんは本当に優しくて、お母さんのことを大切にしていますから。

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その日、こっそりお父さんの背中を撮りました。私は本当にお父さんを尊敬しています。

ただ、最近とても暑くなってきたから、たぶん薬のせいか、お父さんの体がすごく熱くて、ずっと『すごく暑い!』と言っています。今週から、あまり食べられなくなりました。毎日長く眠っている状態です。

暑いですので、昼ご飯は私がお父さんのために、殆ど冷たい素麺(そうめん)や、蕎麦(そば)を茹でます。料理ができたら、お父さんを起こしても、お父さんはそのまま寝ます。起きても、食卓の前で、ずっと座って、目を閉じます。このようなお父さんの姿を見たら、心がすごく痛いです。

それに、薬の副作用のせいか、お父さんの両手が震えるようになりました。たぶん、お父さん自身が今の状態が嫌だから、食べたくないのだと思います。

ご飯を食べないと、きっと痩せます。お父さんは最近すごく痩せました。歩く姿は力がないようです。状況は本当によくないです。私はとても心配しています。本当にずっと優しくしてくれるお父さんを失いたくないです。お父さんとの縁はまだ一年だけど、全部いい思い出です。思い出だからこそ、いつまでも私の心に残ります。

お父さん、頑張ってね。家族のために、長く生きていてください。私たちはお父さんのことをとても愛していますから。

ちなみに、今日お母さん、旦那さんと一緒にお父さんのお墓を見に行ってきました。とても静かで、綺麗なところです。お墓を見ただけで、泣きたくなりました。とても心は辛いです。

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